懸念するムスリム勢力は、ここでも『悪魔の詩』のなかに神の恵みのような好機を認め、八九年二月、プット首相の中国訪問中に、首都イスラマバード(「イスラムの存在する地」の意)の米国広報センター前で気勢をあげ、警官隊の発砲で五人の犠牲者をだしたのだった。
以上のようにインド、パキスタンでは『悪魔の詩』がそれぞれの国内政治と最初から深くからみあいながら波紋を広げていったことがわかる。
単なる文学論争でもないし、宗教論争や言論の問題だけでもなかった。
そしてイランでもまた、まさに政治であったことがいまや明白です。